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ITUYOGA

特定の流派には属さないハートオブヨガという理念を持ったヨガの先生。

ブッダ、マジでクール。『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 』【書評】

 2016年11月8日追記

ブッダ、マジでクール。

ブッダに対する印象が180度変わります。

仏教って宗教というより、クールな考え方。

人生は苦しみに満ちていると考えたブッダは、苦しみの正体を正しく理解して原因を断つようにしました。

 

その方法を実践することが、仏教の醍醐味なんじゃないかなと反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 を読んで考えました。

反応しちゃうから苦しい。

「過去を引きずる(過去を理由に今を否定する)」というのが、それ自体、心の煩悩、邪念、雑念なのです。

既に過ぎ去ったことを持ち出してしまえば、いくらでも否定できます。そうすると怒りや落胆が生まれ、苦しむわけです。

職場で失敗して責められて、それを何度も思い出して落ち込んでしまうのは辛いことです。

ぼくもそういうことをしてしまうので、このサイクルを終わらせたいところです。

落ち込まない、凹まない。自分を責めない。振り返らない。悲観しない。

それより、今を見据えて、正しく理解して”ここからできること”に専念するのです。

そこで、こう考えるわけです。今ここからできることに専念していけばいいじゃないか、と。

それでも「どうせ」「やっぱり自分はダメだ」なんて言葉が出かかったらこう念じましょう。

 

わたしはわたしを肯定する。

 no title

ブッダはこう考えた。

「自分はえらい」「他人は間違っている」

そういった判断をやめましょう。

自分も他人も判断しないことが一番楽なんです。

そもそもたってる場所も、見ているものもまったく違う―――にもかかわらず、すべてを理解した気になって、「自分は正しい」と思い込んでいる、ということです。

「満たされない心」と折り合って生きる

なにかを求める心を「渇愛」といいます。

求め続けて、いつまでも乾いている、満たされない心

たしかに。住む場所が手に入ったと思ったら、今度は仕事で、仕事が入ったと思ったら今度は彼女と・・・いつになったら終わるんでしょうね。これは誰もが実感としてあると思います。物欲の少ないぼくでも、なにかが欲しいと思いますもん。

で、著者の草薙龍瞬さんはこういってます。

大切なのは、「心とは、そもそもそういうものだ」と理解しておくことです。心とは求め続けるもの。それゆえに乾き続けるもの。

たしかにそうだ!どんなに新しいもん買っても、別の商品を眺めてたら、そっちも買いたくなるもん。このまえ友達といっしょに本屋に入って本を見ていたら、次から次へと本が欲しくなるじゃありませんか!もう、お金ないってのに(笑)そういうときにこういった「心は求め続けるもの」ということを思い出すと我に返るんです。

得体の知れない心に支配されちゃうんじゃなく、「心はもともと、そういうものだ」と思い出せると不思議と衝動買いがなくなります。ちなみにぼくは本屋では買おうと思ったらいったん本棚に戻します。ぐるっと本屋を一周して、それでも買いたい、読んで血肉に変えたいと思った本だけを買うようにしています。

「判断しちゃう」という心から卒業する

気がつくと無意識のうちに「あの人苦手だな」「あれは苦手なものだ」と判断をしています。接客業をされていた方ならわかるかと思いますが、ちょっと苦手に思える人っていますよね。そうでなくても、町を歩いているだけでも同じようなことを、無意識のうちに判断してしまいます。

で、こういったことって悩むんですよね。しかも苦手な人が上司だったら、困ります。悩みの種になるじゃないですか。バイトしていたときの先輩がものすごい陰湿な指摘をされるかたで、正直苦手意識が半端なかったです。で、反応しない練習を読んでたらいい感じのことが書いてあったんです。

他人はあれこれと判断するかもしれないが、自分はこれ以上苦しみたくないから、判断を手放そうと肚を決めるのです。

うわ、ブッダの考え方、マジでクールだ。

そうじゃないですか。見栄とかプライドに縛られまくる人がいるなかで、ブッダだけは見栄とかプライドから自由なんですよ。自分をめっちゃかっこよく見せようとか、そういうこともせずにいる。ありのままの自分で生きるってかっこいいじゃんね。

心は、何かに触れると反応するもの

心ってものすっごい勢いで外にあるものに反応するんですよね。ほら、おいしそうなスイーツがコンビニに並んでる。深夜でお腹がすいている。たまらないじゃないですか!買っちゃいますよ!スタバにスイーツが並んでる、重厚なコーヒーの香りのなかに並べられた美しいスイーツたち。買っちまうってばさ!

https://www.instagram.com/p/BBHtFFbra0Z/

妹にスタバおごった。

心はそんなふうに外にあるものに触れると「必ず反応する」ものなんです。期待できるほど心は強くないし、自制できるものでもないんですよ。こうやって記事を書いているあいだに「甘栗むいちゃいました」食べちゃってたり。しょうがないんですよ。心は反応するためにあるので。犬も歩けば棒に当たるけど、心が歩けばなんにだって当たります。

なんで、時折目を閉じることをおすすめします。ぼくはヨガの練習中、必ず立ち止まって合掌*1し、心の状態を観察します。今、なにを感じているのか。不思議なことに、心は湖の泥が沈むように落ち着いていきます。沈殿していっちゃうんですよね。

慈悲喜捨という愛

ブッダが人生の大きな心構えを教えてくれています。草薙龍瞬さん曰く、「世界に対する向き合い方」です。それは慈・悲・喜・捨(じ・ひ・き・しゃ)といいます。これら四つをまとめて愛と表現します。

慈しむ

相手の幸せを願う心。自分の都合、例えば仕事やお金になるからといった都合を置いて「相手が幸せであるように」と願う心です。ぼくもたまにこういった気持ちがわくときがあり、ヨガを教えている生徒さんが、お金とか仕事をくれることを期待せずに純粋にヨガを楽しんで健康*2になることです。そういう気持ちのもとで教えているときは本当に幸せになります。

悲しむ

相手の苦しみや悲しみをそのまま理解することですね。体を痛めてしまったり、ケガをされた方に対する悲しみの気持ちに、共感すること。前に若い生徒さんの一人が「車をぶつけて事故を起こしてしまった」とおっしゃってて、それに対して悲しみを覚えました。ぼくより若い、まだ新社会人だったので、そのショックは大きかったことでしょう。

喜ぶ

相手の喜び、楽しむ気持ちをそのまま理解することです。「最近、ヨガのおかげか動脈硬化が抑えられてて医者がびっくりしてたのよ!」ということを年配の生徒さんから聞かされ、ぼくも自分のことのように嬉しく思いました。喜びを共有できたのは、とても幸せでした。

捨てる

手放す心、反応しない心です。欲に対して反応しないで、コンビニスイーツの誘惑から逃れることとかね。怒りに対しても、同じように反応しないでストップをかける。よく「いらっ」としてしまうときに「攻撃性のない他人の行動は水に流そう」と心の中で唱えるおかげで随分と楽に過ごせています。

よりどころは世俗ではなく、自分の中に!

多くの人は心の「よりどころ」となるものを世俗の世界に求めます。お金とか、学歴、地位とかね。ほら、自分の外にあるものだ。

自分が幸せになるための答えは「世の中」にある、だから頑張って、社会で価値ありとされているものを手に入れれば、きっと満足できる、と信じています。

でも、自分の内側にある「よりどころ」を見つけ、いつでも戻ることができれば心は落ち着きます。渇愛という、求め続ける心も「よりどころ」にたどり着けば湧いてきません。

なにかにすがりつかずに、自分にのみ頼るような生き方ですね。ぼくのヨガの先生、マーク・ウィットウェル*3も同じことをおっしゃっています。これからヨガを指導しはじめるのに自信がわかず、先生からもっと学ばなきゃいけないと言う人に対してこう言いました。

答えは君の中にある。外側ではなく、内側をさがしてごらん

確かにそのとおりです。自分の内側に、よりどころとなるものがあります。

反応しない練習をした結果

ヨガの練習に加えてこの教えを生活に取り入れたおかげで随分と楽に過ごしています。よくわかったのが、仏教は宗教じゃなくて、心の科学なんだなと。心穏やかに過ごせるのは本当に助かっています。ストレスを受けにくくなりましたし。病気の素ですからね、ストレスは。

反応しない、判断しない練習はものすごい効果を発揮します。ストレスにまみれていた時期のほうがずっと収入もあったのに、今の方がはるかに心が穏やかにいます。ブッダ、マジでクールだな。最高の科学ですよ。

私は正しく思考しなかったから、自分を飾り、いつも動揺して、ふらふらとさまよい、欲望に翻弄されていた。ブッダの巧みな導きにより、私は正しく実践し、求めてさまよう人生をようやく抜け出した。

ブッダの弟子 ナンダ

 わかる。

 

ぜひ、読んでみることをおすすめします!

 

 

*1:サマスティティ(Sama Sthiti)の姿勢で休む。レスティングブレス、休憩の呼吸という時間

*2:身体的、精神的、社会的に健全な状態

*3:クリシュナマチャリアの愛弟子であり、ハートオブヨガの創始者。ヨガの本質を伝える