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ITUYOGA

特定の流派には属さないハートオブヨガという理念を持ったヨガの先生。

呼吸を中心にすえると癒しが始まる。自分やパートナーとの親密な関係を結んでいこう。

ヨガ

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2016年12月3日過去の記事を統合、再構成しました

親密な関係を結ぶこと

人が付き合うことって、being(在る)ことだと思う。付き合うことができたら終わりではなく、そこから徐々に互いのことを知りあうことで深めていく。

ヨガもそうではないかな。ポーズができたら終わりではない。できてからも、ずっと先までどうやってアーサナの練習と向き合っていくのか、探求しなきゃいけない。

 

20代のうちはなんなくできていた難しいことも、年をとるにつれてしんどくなることもあるかもしれない。

パートナーシップに例えるなら、20代のときは毎晩のように愛し合っていたのに、体力が落ちてきてそうはいかなくなってしまう。

そういったときに相手とどう向き合っていくのか考えなきゃいけない。

呼吸と向き合うことは、自分自身と深く向き合うこと。

自分と向き合うっていうとむずかしく感じるかもしれない。ようは、どうやったらよりよく生きることができるのか考えることだ。

ポーズが体力的に厳しくなったり、病気でできなくなったら、どう反応するだろうか。

心の中で舌打ちしてしまうのではなく、それをいい機会にしてヨガを変えていくことができたらステキだ。

 

そういう自分と向き合ってできたポーズは美しい。

無理がなく、飾り気がなく、見せようとせず、自分をそのまま表現している。

自分のできることを、素直にやってみせること。ありのままの自分にOKを出すことと同じだ。

 

そう、あなたはありのままでOK。すでに完璧なのだから。病気で身体が弱ってしまっても、それに向き合って自分ができる最善を尽くしたのなら十分すぎるくらいだ。

もうそれだけで美しいアーサナだといえる。解剖学的にどうだとか、美術的観点からとか、どうでもいいではないか。

 

花の美しさを感じるとき、そこにあなたの美しさをみているのです。

マーク・ウィットウェル

 

「ああ、そんな難しく考えなくていいんだよ」

「ヨガは深くて複雑」という認識はやめよう。

ヨガを「学問」として見るようなティーチャートレーニングは複雑怪奇だ。

 

なんだろう、ヨガって「学問」だっけ?そんなアカデミックなものには思えないのだけど。

そんな練習って必要?その夏休みの宿題のような課題はなに?

たぶん、ヨガを「学問」としてみているから、お勉強のように学ぶもの、負荷をかけるものになっちゃってる。

 

もっと自分の生活にあったことをしてください。もっとバランスのいい弁当箱みたいな練習をしよう。毎回、懐石料理やフレンチというわけにはいかない。

 

単純でないと複雑なものは理解できない。

 

 

ヨガを学問ではなく「癒し」と認識したとき、ヨガは理解することができる。

ものすごくシンプルで、深いとか浅いとか、そんな領域を超えてしまう。

自分の命そのものがシンプルで、理解するべきことが単純なことに気がつく。

 

理解するべきことは単純だとわかったとき

ヨガの本質は思いのほか単純でシンプルなものだとわかる。

そんなに覚えるべきテクニックも、知識もないんだとわかる。

そうしたとき、きっとあなたは安心する。約束しよう。

 

無限とも思えるヨガの知識を頭に詰め込むのはやめにしよう。

ヨガは「学問」ではない。「癒し」だ。

 

「自分との親密さ」

自分との親密さを得るにはどんなヨガのプラクティスがいいか。

そもそも親密さってなんだよって話だけど、簡単にいうなら自分の身体が訴える声をちゃんと聞けるやつのことだ。

 答えはシンプル。呼吸を中心にすえたヨガのプラクティスをすること。たったこれだけ。

とても素朴でシンプルな答えだけど、こうとしか答えようがない。

 

呼吸を中心にすえたヨガのプラクティスとは。

ハタヨガにおいて呼吸は最も大切な要素の一つだ。どうして呼吸が親密さと関係があるのかといえば、呼吸無視したプラクティスは自分を痛めつけるような危険性をはらむことがあるからだ。

パワー系のヨガをガムシャラに続けた結果、体を痛めたという事例は数多い。 

 

それは自分と仲がわるくなるプラクティスだといえる。 

スムーズ&ロングな呼吸を守りながら、穏やかにアーサナをとればケガのリスクはゼロに近づく。

 

あえぐような呼吸や顔を真っ赤にしたり、痛みをがまんしてアーサナをとっていたら、すぐにモディフィケーション(ポーズを緩める、形を変更すること)をしよう。

信号に気づいてモディフィケーションをすれば、ハムストリング筋をオーバーストレッチしてしまうことも、肩関節を痛めることもなくなる。

 

痛みは素直に従うべき。がまんは美徳ではない。

日本人は勤勉でマジメな人が多く、痛みをがまんしてでもポーズをとることを美徳と考えやすい。

でも痛みを伴う練習はヨガのアーサナではない。

それはポーズであってもアーサナではない。苦行だ。

 

痛いときは「痛い」という信号に素直になろう。痛いなら「痛い」ということが健全だ。

 

自分が快適にいられる状態を保ってあげること。

痛めつけたり、苦しめる状態から離れていくことだ。

 

そのために呼吸を見守ること、呼吸を中心にすえたプラクティスが理想的なやり方というわけだ。

丁寧にコントロールしていれば限界を超えたプラクティスではなくなる。

 

  • 呼吸を中心に据えることが、自分と親密になるプラクティスの秘訣。
  • もっとシンプルにヨガをとらえる。ヨガは学問ではなく癒しです。
  • 痛みがあるのなら、それに素直に従おう。

ヨガの恋愛への効能について

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ヨガは全世界の誰にでも開かれている。あなたも、あなたの両親も、あなたが「あの人にヨガはできない」と思う人にも。

すべての物事が、誰もが自由にチャレンジしていいし、制限なんかないってことに気がつくと大きな変化があります。

「もっと自由に生きていいんだ」って思えるようになる。きっと魅力的な女性として目に映るよね。

 

ヨガマットの上と、外でヨガは行われる。周囲の人との関わりで上達を測ることができる。

ヨガを単純にヨガマットの上でやるもんだと思っていると、結局なにも変わらないんだよね!

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アラサー女子(以下アラサー) お兄さんは1日にどれくらいヨガを練習するの?

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ぼく ぼくは日に数度・・・

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アラサー へー、日に数度も!すごいね!

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ぼく いや、日に数度、ヨガから心が離れるんです。ふと心があるべき場所から離れてることに気がつく。で、また元に戻す。

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アラサー なんやてー!!!!???

 

ヨガマットの上だけがヨガの練習と思ったら大間違いやで!

心がヨガをやっているときの慈しみの状態にある人は、恋愛とかパートナーシップでもうまくいきます。

なにかになるためにヨガをすることはできない。自分でない人になることをやめること。 

自分を自分でない誰かにしようとすると、苦しみを背負います。

―U.G.クリシュナムルティ

 

自分に立ち返るためにヨガをしていくと、自然と魅力も出るんだなー。これが。

ヨガをやるアラサー女子はモテる。これは女子に限らず男子にもいえること。必ずしもステキなパートナーを見つけるとは限らないかもしれない。

だけど、理想の人が見つかった時に伴侶として選んでもらう可能性が劇的にアップしますよ!それだけは約束します!