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ITUYOGA

特定の流派には属さないハートオブヨガという理念を持ったヨガの先生。

「よくぞ生きていてくれた」という気持ちの芽生える相手こそ、友人にすべき存在。

メッセージ

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朝を迎えると、まず舌磨きをして、歯磨きをする。タングスクレーパーは舌のヨガだ。白湯を沸かして飲む。まだ甘味を感じられるほどの体質ではないが、嫌な味はしない。むしろ内臓にやさしい暖かさが伝わる。アーユルベーダの知識では白湯を甘く感じられる状態にあることが、体としては望ましいそうだ。

ゴムと麻でできた天然素材感たっぷりのヨガマットを整えて、自分のためにデザインされたヨガをする。誰かのためのシークエンスではなく、ぼくのためのヨガ。これがだいたい20分で終わってしまう。マットの周りを片付けたら、もう一度お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。牛乳と砂糖を加えてちょっと子どもっぽい舌に合わせる。

【過去記事】タングスクレーパーという舌クリーナーが効果抜群すぎて口が入れ替わったように感じる - いつヨガ

日にちも近くなってまいりました。11月19日(土)13時から長野県茅野市玉川で「呼吸は良薬vol.7」を開催させていただきます。お時間のある方はどなたでもお気軽に遊びにいらしてください。動く呼吸法は全人類に開かれていて、人間まるごとの統合的な健康を取り戻すのにちょうどいいです。すでに健康なら、お話するためだけでも構いません。

【イベント詳細】動く呼吸法の講座 呼吸は良薬

 

悲しむものは慰められる

【過去記事】弱さは希望の光だと、彼は言った。弱さと強さは別のものじゃない。一つの性質がもつ別の顔だ。 - いつヨガ

先日、更新した記事について友人がそんなことを連想してくれた。悲しんでいる人をみれば人は慰めをかける。これは普通のこと。同時に、自分自身に対して慰めることにもなるんじゃないだろうか。人は心に傷を負ったとき涙を流す。涙は傷を癒すあたたかさをもっている。だから悲しみを覚えるとき、まず自分が自分を慰め癒すのではないでしょうか。

9月のことなんだけど、ハートオブヨガのティーチャートレーニングを受講している時に大泣きしてしまったことがある。悲しみというより、目の前で起きたことに対する裏表のない光景に泣いてしまった。ちょっと説明ができない理由だけど、猛烈に泣いた。そのとき、ぼくの愛すべき先生であるジェイ・ブラウンはぼくに寄り添って慰めてくれた。そこに慰めとともに癒しがあった。ジェイ・ブラウンという外からの暖かさと、自分の内側に感じられる暖かさがあった。

【過去記事】ハートオブヨガシニアティーチャー、ジェイ・ブラウン語録 Gentle is the New Advanced @jbrownyoga - いつヨガ

全部ひっくるめて愛し合う

世界はたぶん、空気みたいに愛が満ちているんだと思う。ぼくらの肉体にもそれは流れていて、世界から愛をすべて取り除いても、そこには愛が残るくらい満ちている。ぼくらの本質は愛ではじまっているんだと思うよ。愛なんていうとこそばゆいけど、思いやりとか優しさとか癒しと言い換えてもいいかもしれない。

だから人に愛をむけるとき、あるいは自分を愛するときは、ぼくらの本質である愛を感じることができて幸せなんじゃないかな。形而上学的でなんとも難しい話だけど、こう説明したほうが腑に落ちることが多い。信じられないなら、別に問題ない。そのままでいい。自分に愛をむけたヨガの練習をしていけば、いずれそれを体感できるかもしれないし。体感できなくても、愛そのものなのだから気づかなくても問題ない。

【過去記事】好意的な気持ちは「あなたが生きているだけでうれしい」からスタートする。 - いつヨガ

前にも言ったんだけど、好意的な気持ちは「あなたが生きてるだけでうれしい」からはじまる。それは無条件の愛なんだよね。生きててくれたらそれでいい。そういった愛を向けられる存在がいることは、喜ばしい。そう思える人を見つけるたびに「よくぞ生きていてくれた」と心舞い上がる。

自分への愛

自分が嫌いという人を見かける。自分とそこまで仲が悪くなるのは、さぞ居心地が悪いことだろう。ぼくも経験がある。嫌いな存在と24時間いっしょにいるんだから、たまったもんじゃない。勘弁して欲しい。でも自分を消すことはできないし、バラバラになることもできない。だって自分だから。

ならば、自分を愛せるようになる練習をしたほうが早い。呼吸を中心に据えてヨガを練習することが自分と仲良くなる近道だ。無理がなく、追い込まず、酷使しない。体を酷使するようなジャンクなヨガではない、いたわり慈しむ質をもったスローなヨガをしよう。やり方に関してはいい指導者から教わること。流派は問わないが、ヨガの本質を理解していることは必要だ。いい指導者の条件はみっつある。これを満たしている先生から習おう。 

  1. 毎日の練習を続けている
  2. その経験を生徒にあわせて指導
  3. 上記の条件を満たす身近な先生から習っていること
毎日の練習を続けている

意外にも、毎日の練習を続けている人は少ない。ヨガインストラクターの資格はもっていてもなにか理由をつけて練習をしていない人は多い。ヨガの先生はまず、自分の練習時間をとることだ。どんなに短くても。なので「毎日、練習してますか?」という質問に自信をもって「はい」と言える人をさがそう。ちなみにぼくは毎日やっている。

その経験を生徒にあわせて指導

ヨガは生徒ひとりひとりに合わせて変化しながら指導される。英会話の先生であれば、誰にでも同じ単語や問題集を配ったりしない。個人の目的(旅行のためなのかビジネスのためなのか)に合わせて最適なものを指導する。自分が旅行やビジネスで経験したことを、生徒に合わせて提供するべきだ。ヨガの先生が、誰にでも同じことを押し付けていたら離れよう。あなたにぴったりあったものを提供する人に教えを請おう。

上記の条件を満たす身近な先生から習っていること

特別ぶった人でなくていい。自然体で、身近な先生から習おう。都会の立派なスタジオで教えてなくていい、身近な公民館とかで教えてたり、ネットで生徒を探している人もいる。あ、ぼくもこの条件に当てはまると思うので、長野県にお住まいの方はぜひ。遠方の方でも出張しますし、ビデオ通話を通じて練習の要点をつたえることもやっています。

レッスン、相談の依頼フォームはこちらへ

上の方にも書いたけど、11月19日(土)13時から長野県茅野市玉川で「呼吸は良薬vol.7」を開催させていただきます。月イチで土曜日にやってるので、長野県茅野市に顔を出せる方はいらしてください。

生きていてくれてありがとう

ぼくの先生のマーク・ウィットウェル*1は会う人たちに「お会いできて光栄です。来てくれてありがとう」と伝えていた。それは、「生きてくれていて嬉しい」という質を持った言葉だった。少なくともぼくはそう感じていた。ぼくもレッスンに来てくれた人に同じ気持ちを持つ。だからマークが挨拶するときの愛も理解できる。そこにいるだけでうれしい、それだけ。

そう思える相手は、友人になれる。「よくぞ生きていてくれた」という気持ちが芽生える相手とは友情を育める。ヨガの先生は友達以上でも以下でもないとマークがいっていたが、その通りだ。ヨガの先生と生徒の関係は、上下関係がなく、ヨガを通じて出会った友人だ。生きていてくれてありがとう。

OM shanti shanti shanti.

 

*1:クリシュナマチャリアの愛弟子であり、ハートオブヨガの創始者。ヨガの本質を伝える